あれはたしか小学校5年生のころ。
父親と2人で、初めてモーターショーに行った(当時はまだ、会場が幕張メッセだった)。
それ以来、僕は車が大好きになった。
小学生ながら、車のカタログや雑誌を手に入れ、好きな車種の写真を切り抜いて、部屋の壁に貼ったり。
グランツーリスモというゲームで、アストンマーチンに思いを馳せたり。
大人になり、車が買えるようになってからは、ボルボV60とホンダN-BOXを乗り継いだ。
しかし、ある日を境に車を所有することをやめてしまった。
あれほど車が好きだった自分が、車を手放すなんて。
「人間って変化する生き物なんだな」としみじみ思ったりする。
なぜ車を手放したのか?
今回は車を所有することについて考えてみたいと思う。
車の所有はお金がかかりすぎる
最も大きい理由は、やはりコストである。
車を持つのはお金がかかる。それもかなり大きな費用負担だ。
まず税金。
知らない人のために軽く触れておくと、自動車税というのはざっくり「排気量」で決まる(厳密にはもっと細かいけど)。
排気量が大きい車ほど、税金も高くなる。
車の排気量は「L(リッター)」で表されるが、たとえば排気量が6.0L超の車は自動車税が年間で110,000円。
1ヶ月あたりで換算すると、毎月約9,200円を払わなくてはいけない。
最も税金が安い軽自動車(660cc以下)だと年間で10,800円なので約10分の1になる。
車が必要だけど、費用は抑えたいという場合は軽自動車が良い。
とはいえ、だ。
たとえ税金の安い軽自動車だとしても、駐車場代や保険料、それにガソリン代がかかる。
これもバカにならない。
車の運転で、加害者になる怖さ
もうひとつ、僕にとって大きかったのは車の運転で加害者になる怖さだった。
どんなに安全運転をしていても、人を轢いてしまうリスクは0にできない。
最悪死なせてしまったら…。
たとえ10対0で相手が悪かったとしても、「人を殺めた」という事実を一生引きずって生きていかなければいけない。
そして、被害者になるリスクも非常に大きい。
飛行機事故で死ぬより、交通事故で死ぬ確率のほうが圧倒的に高いという話を聞いたことがあるだろうか。
IATA(国際航空運送協会)の統計によれば、世界の商業航空の死亡事故リスクは100万フライトあたり0.17。
これは、約590万回に1回「死亡事故に遭遇するリスクがある」という非常に低い水準だ。
飛行機と車を単純比較すると、
- 飛行機:10億kmあたり約0.03人
- 自動車:10億kmあたり約4.7人
となる。
つまり飛行機より、車のほうが約160倍死亡リスクが高いということ。
冷静に考えると、人によって運転スキルや安全運転の意識はバラバラだ。
にもかかわらず、車社会がそれなりに回っているのが不思議でならない。
いつだって事故に遭う可能性はあるし、被害者にも加害者にもなりうる。
正直、車を持ちたくなる気分になるときもある。
しかし、それほどのリスクを背負ってまで車が欲しいか?と問われると、僕にとっては車を所有する必要性は低いと言わざるをえない。
結局、電車のほうがラクだし、疲れない
休日のお出かけ、日常の買い物、お盆のお墓参り、実家への帰省。
車を所有していた時期は、どこへ行くにも車移動が当たり前だった。
むしろ、車以外で移動することが考えられないぐらい。
電車なんて面倒だし、お金かかるし。
そう思っていたぐらいだ。
しかし、実際に車を手放して電車移動がメインになってから、考え方がガラリと変わった。
車よりも、電車のほうが断然疲れにくいのだ。
たとえば2時間の移動。
車の場合はずっと運転をしているから、体も心も休まる暇がない。
道路が渋滞していればメンタルも削られるし、予定時間に間に合わないこともある。
一方の電車はといえば、車内で自分の時間を好きに使うことができる。
読書をするもよし、音楽に浸るもよし、なにもせず車窓から外を眺めるのも悪くない。
日本の電車は遅延するほうが珍しいから、予定時刻に遅れるリスクは非常に低い。
また、移動にかかる費用もたいていは電車のほうが安い。
特に高速道路を使う場合だと、電車のほうが安くつくケースが多い。
一般道の場合は車のほうが安くつくと考えがちだが、石油価格の高騰でガソリン代まで考慮すると、その考え方もあやうい。
車を手放して、生活がこう変わった
車を手放して4年ほどが経過した。
生活はどう変わったのか?
車にかかった具体的な金額を紹介しながら、生活の変化に書いていこうと思う。
